近年、先生方の精神疾患による休職が増え続けています。文科省の発表によると、過去最多となった一昨年に続き、昨年も7000人を超えたそうです。この数字を聞いて「最近の先生は軟弱になった」と感じる方もいるかもしれません。でも、本当にそうでしょうか。
今の学校で、先生たちは授業だけをしているわけではありません。礼儀作法や生活習慣、スマホの使い方、友人関係のトラブル、いじめ、心の不調、家庭の問題まで、ありとあらゆることに対処しなければなりません。「家では言うことを聞かないので、学校で指導してください」と頼まれることも、決して珍しくありません。
海外では、先生は「教える専門家」として位置づけられています。生活や福祉、家庭の問題は、別の専門機関が担います。しかし日本では、社会の困りごとがすべて学校に集まってきます。服装指導や生活指導、福祉や保健指導にかかわる問題等々、気がつけば、先生は何でもこなさなければならない状態になっています。しかも、うまくいかなければ「担任の指導力が足りないのではないか」「学校の体制に問題があるのではないか」と責任を問われます。
文科省は通達を出せば、あとは現場の責任だと言います。そんな状況で教育の現場が疲弊していくのは、無理もないことではないでしょうか。個々の先生の資質の問題として片付けるには、今の学校が置かれている状況はあまりにも過酷です。心が折れてしまうのも、決して不思議ではありません。
それでも先生たちは、目の前の子どもを放り出しません。「この子を見捨てたら、誰が助けるのか」と考えるからです。その優しさや責任感が、燃え尽き症候群につながっているのではないでしょうか。教職員の精神疾患の増加は、教育の問題であると同時に、社会全体の問題です。学校に何でも押し付け続けてきた私たち大人の姿勢が、こうした状況を招いているのではないでしょうか。
これは学校に限った話ではありません。看護や介護など、感情労働の現場で働く多くの人たちも、過剰な要求に疲弊しています。 先生たちが、安心して授業に向き合える環境を取り戻すこと。それは、子どもたちの未来を守ることでもあるのです。
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